私の柔道人生

スポーツ

こんにちは今回は、私の柔道人生についてお話します。

令和元年に日本伝講道館柔道 参段を取得 そして、四段を目指してます。

令和元年に柔道参段を取得しました。 私の取得方法は、柔道の総本山である講道館で試合を行い規定の点数(勝ちが1点 引き分けが0.5点)と規定の年数に達する事で、昇段をしました。

中々に大変でした。毎週何日かの道場での稽古に参加し、毎月開催される講道館の試合に出場しました。いつも勝つだけでは、ありません とても有名な大学や名のある道場出身の方とも何度も試合をしました。

そんな中で、何とか規定の点数と年数をクリアして取得できました。とても、誇りに思っています。しかし、もう少し上に行かないと柔道家柔道が強い人と呼ばれないような気がします。(これは、あくまでも個人的な判断です。)

なので、参段を取得しても、奢らないイキらないをモットーに稽古に励んでいます。

高校卒業後から初めた、柔道

私は中学、高校と野球に打ち込んでいました。

はい、根っからの柔道大好き人間では、ありません。 小さい頃に少しかじっていた、程度でした。  専門学校で勉強しながら、何か打ち込める事がしたいと思いました。 そこで、専門学校から近い町道場を発見しました。 そして、奇遇にも母親の高校時代の先生がその道場を経営していました。

これは、何かの縁を感じたので即入門 私の柔道人生がスタートしました。

始まりこそ、練習は野球とは全く違う動き、相手と一対一の勝負なので投げられっぱなしでした。しかし、自分で進んでやってみようと思い、始めたため引き下がるのはカッコ悪いと思い数年間毎回の練習には参加しました。

推薦による昇段 しかし、これは自分の実力か?

数年間、毎回練習をしていれば道場の先生から昇段の相談をされました。 最初は、黒帯になれる!!ととても嬉しく思いましたが、初段と弐段は先生からの推薦でした。

もちろん、しっかりと練習していればその成果を先生が見出してくれたのは感謝の気持ちしかありません しかし、これからもドンドン推薦の甘い汁を吸っていざ、腕前を見せてくれと言われた時に実力が空っぽだったら、笑い物にされる と思いました。

そんな中、先生に試合に出たいです。と念を押して言いました。 

よし、そしたら 講道館の試合に出なさい 負けても良いから、出場し続けなさい

この言葉から、私は試合に出場し続けています。

負けても挑み続けて、参段に昇段!! しかし、世間が…

令和元年に参段に昇段!!

しかし、翌年に世界が変わりました。 皆さんも、知っていますが緊急事態宣言や外出自粛が進み柔道が出来ない状態が続いてます。

しかし、私は諦めずに挑戦を続けています。

はい、私の現在までの柔道人生になります。 四月以降は本格的な練習ができるよう頑張っていきます。

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